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マルコン選手、独占インタビューで語る
ブラジルのスポーツ系メディア、Furacao.comにて、マルコン選手の独占インタビュー記事が紹介されています。要約を以下に掲載します。

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「アトレチコ・パラナエンセ(APR)は常に私の心の中にある」

マルコン選手はすでにサッカー選手として10年近くのキャリアを経ているが、2004年初頭にAPRへと移籍する前の彼は、この生まれ故郷において全く無名の選手だった。しかし、この2年間のうちに、彼は100試合以上に出場、7ゴールを記録。左サイド、フルバックの選手として活躍し、いくつかの試合ではキャプテンとしてもプレーした。

彼は、リーダーとしての尊敬を勝ち取った。そして、同僚のチームメイトとの友情やサポーターからの愛情にも恵まれた。そんなマルコン選手の川崎フロンターレへのレンタル移籍が発表されて、数日が過ぎようとしている。

1月21日(土)に、マルコン選手はクラブを去るにあたって、京セラアリーナ(ホームスタジアム)を訪れた。彼は、この月曜日(23日)にはブラジルを発ち、日本へと向かう。少なくとも、1年間は海外(日本)でプレーする予定だ。彼は、Furacao.comの独占インタビューに対して、以下のように語っている。

-いつ日本に発つ予定ですか?

「月曜日中(2006年1月23日)にはブラジルを発つ予定です。私は、APRにおいて非常に幸せな思いをさせてもらいました。ここでプレーした2年間は、私のサッカー選手としてのキャリアにとってベストだったばかりではなく、私の人生そのものにとっても最良のものでした」

「私がAPRへと移籍したとき、誰も私のことを知りませんでした。しかし、私にこの場所を与えてくれた神に対し、本当に感謝の意を捧げたいと思います。私は、すべての人たちに感謝しなければなりません。特に、サポーターは私のことを2年間本当に良くサポートし続けてくれました。今の私があるのは、全てAPRのおかげだと思っています。APRは常に私の心の中に存在しているし、いつかきっと戻って来ることができると考えています」

-川崎フロンターレへのレンタル移籍契約前に、APRとの契約を更新していますね?

「はい。まず、川崎フロンターレとの契約は、買取交渉優先権付の1年契約であることを申し上げておきます。(完全移籍の行方は)私の今後のパフォーマンス次第ということになります。しかし、既に2007年末までの契約をAPRとの間で更新していますので、たとえ1年で戻ってきたとしても、契約は1年間残っているということになります」

-APRでの一番良い思い出は?

「難しい質問ですね。忘れられない思い出がいくつもありますよ。ここでの思い出は全て幸せなものばかりで、とても貴重なものだと考えています。皆さんご存知のように、このアリーナでサポーターと共に戦っている際には、我々はほとんど無敵でした。本当にいい思い出しかないので、不満はひとつもありません。私は、クラブやサポーターから全面的にサポートしてもらいました。本当に満足しています」

-2004年の終わりに、インタビューで「APRのマルコンとして覚えて欲しい」と語っていましたが、この願いは達成されましたか?

「そうですね。街を歩いていると、『APRのマルコン選手だ!』と声をかけられます。これは私にとって非常に嬉しいことです。また、先日街中で、『APRをやめないで』とサポーターから頼まれてしまいました。しかし、これも私がAPRで達成できたことに対する評価なのだと感じています」

「今回の移籍に際しては、当然家族のことも考えました。サッカー選手が現役でいられる期間は短いですが、私は現役を退いた後も息子の暮らしを守っていかねばなりません。ですから、確かにプロとして報酬の点も検討しました。そして、いつかはきっとAPRに戻ってくることができるのではないかと考えています」

2006年1月22日18:35

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マルコン選手、噂通り熱い選手のようです。彼の人柄が伝わってくるようなインタビューだと思います。ぜひ、フロンターレでも活躍して、川崎が「第二の故郷」になってくれれば良いですね。

次回以降の記事では、マルコン選手の2004年時のインタビューなども取り上げていきたいと思います。
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