等々力時報 -川崎フロンターレを応援しています
川崎フロンターレを応援しています -ATTRACTIVE!!
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アウグスト選手、連邦地区選手権で決勝ゴール
ブラジルから、嬉しいニュースが飛び込んできました。

昨年末、ブラジル選手権2部のブラジリエンセに移籍したアウグスト選手が、先週の水曜日に行われた連邦地区選手権の対Capital戦において決勝ゴールをあげた模様です。

以下に要約を掲載します。
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ブラジリエンセが勝利し、連邦地区選手権で首位--内容は今ひとつも、Capitalに対し1-0で勝利

試合内容は良くなかったが、ブラジリエンセはホームで行われた水曜日のナイトゲームにおいて、Capitalに対し1-0で勝利した。これでブラジリエンセの勝ち点は9となり、連邦地区選手権での首位をキープした。

チームでの唯一の得点となる決勝ゴールを決めたのは左サイドのアウグスト選手。後半10分、イラニウド選手からのパスを受けてのシュートだった。ブラジリエンセはその1点を守りきり、勝利を手にした。

イラニウド選手は、「試合自体は良くなかった。しかし、今は勝ち点3をあげることが大事だ」と語っている。ブラジリエンセの選手達は木曜日に休暇を取り、金曜日から再始動する予定。

2006年1月25日
Source: Placar.com

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「ワスレナイデ」というメッセージを残して日本を去ったアウグスト選手。ブラジルでも活躍を続けているようで、嬉しいですね。等々力競技場での彼のプレーを見ることはできませんが、ブラジルでの活躍を見ることはまだまだできそうです。

等々力時報では、今後もアウグスト選手の活躍を追っていきたいと思います。
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2006年会員証到着!
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2006年の会員証とシーズンチケット特典のDVDが到着しました!

DVDは昨年以上に見応え充分。このDVDのために、シーズンチケットを購入しても惜しくはない程の出来映えです。さすがは「泣かせ」のフロンターレ。サポーターのツボを見事に押さえてくれています。

試合前VTR、名プレー集、涙無くしては見られない映像の数々...オフシーズンの週末に最適の一枚です。シーズン前からフロンターレを堪能できます。

そうそう、毎年恒例の隠しコンテンツもお忘れなく!!
これが一番泣けますから...
アトレチコ・パラナエンセでのマルコン選手(3)
マルコン選手の約1年前のインタビュー、最終回です。

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「アトレチコのマルコンとして」(3)

-あなたは、サポーターと共に激しく戦う姿勢で知られていますが、その点についてはどう思われますか?

「それは、私のスタイルだね。私は負けるための方法を知らないし、なにより負けることが嫌いなんだ。この前3連敗したときには、悔しさで2晩眠れなかったよ。こういったことは私にとっては自然なことだし、私の特徴のひとつだと考えている」

-スタジアムが満員の時と、空席が目立つときではプレーが違ったりするものですか?

「試合中、私の心臓の鼓動の音はサポーターの皆に届いていると思うんだけど(笑)。私にとって、サポーターは力を与えてくれる存在だ。だから、このアリーナで試合をする相手チームはとてもやりにくいだろうと思う。サポーターは、我々を勇気づけてくれる存在なんだ」

-何人かの審判は、自制心を失ってゲームをダメにしてしまうことがあります。あなたはAPRで結構多くのカードをもらっていますが、この点についてはどうですか?

「私の人生の中で、これほど多くのカードをもらったことはない。私は暴力的なプレーヤーではないし、人の倒し方なんて知らない」

-出場停止の際に、ピッチの外からゲームを見ているときの気持ちはどんなものですか?

「対フラメンゴ戦では、客席から試合を見ていたんだけど、同じサポーターになってしまったよ。フラメンゴのサポーターにブーイングしてしまったし(笑)」

-このブラジル選手権の試合の中で、最も感動した瞬間はどれですか?

「コリチーバとの試合も確かにそうだけど、サンカエターノとの試合も感動した。我々がゴールを決めた後、しばらく涙が止まらなかった。観客席にいる妻を見たら、また泣けてしまった」

-将来に向けてのチームの計画についてはいかがですか?

「私はAPRとの間で2006年末までの契約を更新した。このことに、まずはほっとしている。私はこのチームでタイトルを獲りたいと考えている。それも、今は出来ればブラジル選手権を獲りたい。来年にはリベルタドーレス杯もあるし、APRは常にタイトル争いをすることになるだろう。APRはチームとしての経験を積んでいるし、過去の失敗に学ぶことの出来るチームだから、近々タイトルを取ってビッグクラブになると思う」

-将来、あなたはどのようなプレーヤーとして人々に記憶されていたいと思いますか?

「APRのマルコンとして覚えておいてもらいたいと思う。私は常にこの場所でプレーしたいと考えている。APRにおいて良いプレーが出来ていることを神に感謝したい」(了)

2004年12月16日21:20

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マルコン選手、サポーターを愛する熱い選手ですね。公式サイトでも、「早くサポーターの皆さんに会いたい」とのコメントが出ています。試合でマルコン選手の姿を見るのが待ち遠しくなってきます。

チームは昨日から始動。いよいよ今日から、宮崎キャンプに入ります。
アトレチコ・パラナエンセでのマルコン選手(2)
引き続き、マルコン選手のインタビュー記事の抜粋要約を掲載致します。ソースはFuracao.comです。

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「アトレチコのマルコンとして」(2)

-もしもどのポジションでプレーしたいですかと聞かれたら、何と答えますか?

「センターバック。当然、必要ならば左サイドでもプレーをするが、非常に正直に答えるならば、私はセンターバックでプレーしたいと思う」

-”4-4-2”のように、2人のセンターバックしかいないようなスタイルで、センターバックとしてプレーすることに関してはどう思いますか?

「そういうスタイルでのプレーは既に経験している。コリチーバとの試合では、0-1で負けている局面で4-4-2のシステムでプレーすることで、チームのパフォーマンスは改善された。こうすることで、チームはより攻撃的になる。このように、2人のセンターバックを置くシステムで既にプレーしているし、私は何の問題も無いと思っている」

-コリチーバとの試合において、我々はどうしてもあなたがコリチーバでサッカー選手としてのキャリアをスタートさせたことを思い出してしまうのですが、もう深い思い入れは無いと見て良いのですか?

「その通り。なぜなら、私はそこでは2~3試合しか出場機会がなかったから」

-しかし、コリチーバと戦うときのモチベーションは相当高いものがありますね?

「正直に言えば、その答えはイエスだ。もし私がノーと言ったら、それは嘘になってしまうだろう」

-APRと契約したときの、友人や家族からの反応はいかがでしたか?

「もちろん、非常に喜んでいたよ」

-あなたの家族は、どちらのチームのサポーターなのですか?

「私がコリチーバにいたときは、試合を見に来てくれていたけど、サポーターではなかったね。でも、現在では私の兄弟はAPRのユニフォームを着て歩いているよ。これは、私がAPRでプレーしているから、という理由だけではないと思うよ。おそらく、もし私がAPRから去ることになるとしても、彼らはAPRのサポーターであり続けるだろう」(続く)

2004年12月16日21:20

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左サイドのスペシャリストとして紹介されているマルコン選手ですが、当時はセンターバックもこなしており、思い入れもあったようです。家族も含めて所属チームのサポーターになるという姿勢は、アウグスト選手を彷彿とさせます。

次回は、サポーターの存在や、負けた後の悔しさについてマルコン選手が語る、インタビューの後半部分を掲載する予定です。
挨拶回り(武蔵小杉・新丸子) 写真
1月24日、川崎大師での必勝祈願の後行われた、商店街ご挨拶回りの様子です。
非常に寒い平日の夕方だったためか、それほど多くのサポーターが集まることは出来なかったようですが・・・ 選手と身近に触れ合える貴重な機会となりました。

写真は、クリックすると少し大きくなります。

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武蔵小杉商店街では、選手の到着を待つサポーター達に、ホットカルピスの無料サービス。子供達に好評でした。

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選手到着。盛大な・・・とまではいかないものの、心のこもった拍手でお出迎え。

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ヒモにぶら下がった裸電球が、なんとも味わい深い雰囲気をかもし出していました。

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それぞれの選手の簡単な紹介の後は、選手への質問タイム。手を挙げて質問するのは主に子供達。

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「昨シーズン、一番楽しかった試合は?」と聞かれ、困ったように「去年はほとんど試合に出なかったから・・・特にないです。」と答えていた鬼木選手。今年に期待ですね!

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寒さに弱いのか、終始寒そうな様子だった森選手。

この後は、選手によるサイン会。寒い中、お疲れ様でした。


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さてこちらは、新丸子の黒津選手。高畠コーチも一緒でしたが「選手ひとりでは、ちょっとサイン会を開催できない。」とのことで、路上でのサイン、写真撮影のみ。レプリカやシャツを手に到着を待っていたサポーターひとりひとりに、丁寧に応対してくれていました。

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商店街の店の前で、高畠コーチと記念撮影。今年も頑張って下さいね!
アトレチコ・パラナエンセでのマルコン選手(1)
2004年12月のマルコン選手に対するインタビュー記事Furacao.comに掲載されています。

約一年前の記事ですから、少々古い情報にはなりますが、マルコン選手の人物像に触れることが出来るかと思います。

なお、インタビュー記事のボリュームがかなりありますので、数日に分けて掲載致します(誤訳等ございましたらご容赦下さい)。

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「アトレチコのマルコンとして」(1)

2004年初頭、アトレチコ・パラナエンセ(APR)が左サイドのマルコン選手の獲得を発表した際には、彼がこのチームで成功すると考えた人はほとんどいなかっただろう。しかし、彼は左サイドとしての役割を充分に果たし、サポーターからは素晴らしい選手として合格点を与えられた。彼とその家族はAPRのサポーターとなり、このチームを去るとしても、サポーターであり続けると語っている。

マルコン選手はブラジル選手権において、APRのレギュラーとして戦った。そして、彼がセンターバックのポジションでプレーを始めてからは、18試合連続不敗記録を樹立した。卓越したパフォーマンスにより、彼はサポーターの信頼と尊敬を勝ち取った。彼の性格は、プロのプレーヤーとして賞賛されるべきものである。彼は「私は負けず嫌いだから」と語る。試合に敗れた夜は、悔しさで眠れないこともあるようだ。

マルコン選手にとって、先週は厳しい週だった。チームはバスコに敗れ、ブラジルでのタイトルを獲る道は険しいものになった。しかし、彼は決してあきらめていない。彼は、きっとタイトルを獲ることが出来ると確信している。「神様は、私たちのために何か良いものを用意してくれていると信じているよ」と彼は語り、ボタフォゴとの試合に臨もうとしている。以下のインタビューをご覧頂きたい。(続く)

2004年12月16日21:20

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今回は、インタビューの前文を掲載しました。この後のインタビュー中でも出てきますが、マルコン選手、かなりの負けず嫌いのようですね。また、2004年はセンターバックとしても活躍していたようです。

次回は、インタビューの前半部分を掲載する予定です。
マルコン選手、独占インタビューで語る
ブラジルのスポーツ系メディア、Furacao.comにて、マルコン選手の独占インタビュー記事が紹介されています。要約を以下に掲載します。

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「アトレチコ・パラナエンセ(APR)は常に私の心の中にある」

マルコン選手はすでにサッカー選手として10年近くのキャリアを経ているが、2004年初頭にAPRへと移籍する前の彼は、この生まれ故郷において全く無名の選手だった。しかし、この2年間のうちに、彼は100試合以上に出場、7ゴールを記録。左サイド、フルバックの選手として活躍し、いくつかの試合ではキャプテンとしてもプレーした。

彼は、リーダーとしての尊敬を勝ち取った。そして、同僚のチームメイトとの友情やサポーターからの愛情にも恵まれた。そんなマルコン選手の川崎フロンターレへのレンタル移籍が発表されて、数日が過ぎようとしている。

1月21日(土)に、マルコン選手はクラブを去るにあたって、京セラアリーナ(ホームスタジアム)を訪れた。彼は、この月曜日(23日)にはブラジルを発ち、日本へと向かう。少なくとも、1年間は海外(日本)でプレーする予定だ。彼は、Furacao.comの独占インタビューに対して、以下のように語っている。

-いつ日本に発つ予定ですか?

「月曜日中(2006年1月23日)にはブラジルを発つ予定です。私は、APRにおいて非常に幸せな思いをさせてもらいました。ここでプレーした2年間は、私のサッカー選手としてのキャリアにとってベストだったばかりではなく、私の人生そのものにとっても最良のものでした」

「私がAPRへと移籍したとき、誰も私のことを知りませんでした。しかし、私にこの場所を与えてくれた神に対し、本当に感謝の意を捧げたいと思います。私は、すべての人たちに感謝しなければなりません。特に、サポーターは私のことを2年間本当に良くサポートし続けてくれました。今の私があるのは、全てAPRのおかげだと思っています。APRは常に私の心の中に存在しているし、いつかきっと戻って来ることができると考えています」

-川崎フロンターレへのレンタル移籍契約前に、APRとの契約を更新していますね?

「はい。まず、川崎フロンターレとの契約は、買取交渉優先権付の1年契約であることを申し上げておきます。(完全移籍の行方は)私の今後のパフォーマンス次第ということになります。しかし、既に2007年末までの契約をAPRとの間で更新していますので、たとえ1年で戻ってきたとしても、契約は1年間残っているということになります」

-APRでの一番良い思い出は?

「難しい質問ですね。忘れられない思い出がいくつもありますよ。ここでの思い出は全て幸せなものばかりで、とても貴重なものだと考えています。皆さんご存知のように、このアリーナでサポーターと共に戦っている際には、我々はほとんど無敵でした。本当にいい思い出しかないので、不満はひとつもありません。私は、クラブやサポーターから全面的にサポートしてもらいました。本当に満足しています」

-2004年の終わりに、インタビューで「APRのマルコンとして覚えて欲しい」と語っていましたが、この願いは達成されましたか?

「そうですね。街を歩いていると、『APRのマルコン選手だ!』と声をかけられます。これは私にとって非常に嬉しいことです。また、先日街中で、『APRをやめないで』とサポーターから頼まれてしまいました。しかし、これも私がAPRで達成できたことに対する評価なのだと感じています」

「今回の移籍に際しては、当然家族のことも考えました。サッカー選手が現役でいられる期間は短いですが、私は現役を退いた後も息子の暮らしを守っていかねばなりません。ですから、確かにプロとして報酬の点も検討しました。そして、いつかはきっとAPRに戻ってくることができるのではないかと考えています」

2006年1月22日18:35

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マルコン選手、噂通り熱い選手のようです。彼の人柄が伝わってくるようなインタビューだと思います。ぜひ、フロンターレでも活躍して、川崎が「第二の故郷」になってくれれば良いですね。

次回以降の記事では、マルコン選手の2004年時のインタビューなども取り上げていきたいと思います。
元浦和・川崎のエメルソン選手を逮捕
Globo紙Ultimahoranews紙において、エメルソン選手が逮捕されたとの報道が相次いでなされています。以下に、Ultimahoranews紙の記事の要約を掲載しておきます。

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エメルソン選手を虚偽書類所持使用の疑いで拘束

ブラジル連邦警察は、昨夜アラブ首長国連邦へ出国しようとした際に、年齢を詐称する書類を所持していたとして、元浦和・川崎のエメルソン選手を逮捕した。同選手は年齢の虚偽表示及び脱税の容疑で告訴されている。

ブラジル連邦警察によると、パスポートに記載された年齢表記も不正であったことが確認されており、表記上の年齢は、本来の年齢よりも少なく表記されていた。

また、同選手は2つの誕生証明書を保持しており、正しい方の表記は1978年9月6日生まれになっている一方で、もう一つの書類においては1981年9月6日生まれとなっている。

ブラジル連邦警察では、エメルソンら複数のサッカー選手が、海外チームとの交渉において、自らの価値を上げるために年齢を低く詐称しているのではないかと見て捜査を進めていた。なお、虚偽身分証保持及び使用の罪に対しては、懲役1年~5年が課される。

エメルソン選手は、以前サンパウロでフォワードとしてプレーしていた。

2006年1月21日15:30

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なお、同紙では最後に「エメルソン選手は現在カタールの川崎フロンターレでプレーしている」とありますが、これはもちろん間違いで、現在はカタールのアル・サドに所属しています。川崎フロンターレに在籍していたのは、2001年2月~7月。5年前ですから、もうずいぶん前になりますね。在籍当時に公表されていた誕生日も、1981年9月6日だったようですが...
新体制発表会見 写真
洗足学園音楽大学で行われた、2006新体制発表会見の様子です。

写真は、クリックしてどうぞ。


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ウェルカム演奏でスタートした、新体制発表会見。昨年は抽選に当たった人のみが参加できましたが、今年は2006後援会員であれば誰でもOK。仕事帰りらしい、スーツ姿の人もあちこちに。


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新加入となる8名の選手と、関塚監督、武田社長、福家取締役が登場し、いよいよ会見スタート。ステージ前には報道関係者の姿も多く見られました。

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まずは社長よりご挨拶。今年のキャッチフレーズは“Challenge The Future” リーグ戦では4位以内を目標としていくとのこと。

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続いて関塚監督挨拶。「昨年の8位という成績は、終わってみれば満足すべきものだったが、あのような混戦となったシーズンにはもっと上位に食い込むべきだった。」と、昨年の悔しさをまだまだ忘れていない様子。今シーズンは、タイトルを目指していく意気込みだそうです。

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そして、いよいよ福家取締役から「新外国人・MFマルコン選手(アトレチコ・パラナエンセ)」の加入が正式発表! 来日はもう少し先になりそうですが、ようやく一安心です。 
・・・しかし、何故こんな“遭難して3日目にようやく救出されたマルコン選手”みたいな写真なのでしょう。

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続いて新加入選手の紹介と挨拶。東京Vから加入の米山選手は、さすがにベテランの落ち着いた雰囲気。「ユニフォームを変えて、また等々力に帰ってきました。」とのコメント。

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「おかえりー!」「待っていたぞー!」との声も飛んだ茂原選手。3年ぶりの復帰です。

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井川選手。「関西から来たので、チームの皆を笑わせて、試合では観客を沸かせたい。」と、真面目な選手の多いフロンターレにおいては頼もしい雰囲気。

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朝鮮大学校出身の鄭大世選手。「目は細いですが、視野は広いです。」のコメントに会場は爆笑。

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U-16日本代表の経験も持つ、杉山選手。スカウト担当が「GKを獲るなら彼しかいない!」と太鼓判を押した逸材とか。

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フロンターレのユース出身、木村選手。

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FWとして加入の久木野選手。この辺りの、2006年高校卒業予定の選手達は、さすがに緊張している様子でした。

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箕輪選手に次ぐ、川崎生まれの川崎育ち、鈴木選手。U-16・U-17日本代表の経験も持つ、今後の成長が期待されるMF。

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個性溢れる新人達の挨拶を、満足気に見守る関塚監督。各ポジションのバランスも良い、頼もしい補強となったのではないでしょうか。

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第一部終了後、再び洗足学園音楽大学の皆さんによる生演奏で第二部スタート。

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お約束の、フロンタールズも登場。

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新ユニフォームの紹介。今年は肩からのラインが特徴的な、シャープなスタイル。

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続いて、オフィシャルスーツスポンサー「オリヒカ」提供のスーツを来て、関塚監督が登場。大いにテレながらも、ステージ中央でバッチリとポーズを決めてくれました。サポーターからは拍手喝采。

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恒例の、サイン入りクッションポールの投げ入れプレゼント。

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この頃になると、選手達もリラックスした様子でご機嫌な表情。遠くに投げる・・・と見せかけて手前に落とす、ボールを蹴る振りをして空振りして見せる、空振りのついでに靴まで脱げる、といったお約束のサービス満点でした。

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新ユニフォームの着心地?を確認し合う姿も。

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外は寒い寒い夜でしたが、沢山のサポーターが集まって、熱気溢れる、楽しい新体制発表会見となりました。新加入の各選手も、期待できそうです!
今シーズンも楽しみですね!
マルコン選手、移籍確定の報道!
ブラジルメディア、Globo.comによりますと、マルコン選手がフロンターレとの契約にサインした模様です。記事の要約を掲載します。

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マルコン選手、アトレチコ・パラナエンセ(APR)から移籍

川崎フロンターレとの契約にサイン


APRの左SB(lateral-left)マルコン選手が、1年契約で川崎フロンターレにレンタル移籍することとなった。

マルコン選手は、フルミネンセからもオファーを受けていたが、交渉は進展しなかった。また、その他にもグレミオからはレンタル移籍のオファーを、フランス1部リーグのボルドーからは所有権買い取り(完全移籍)のオファーを受けていた。

マルコン選手は、昨年末のFIFA世界クラブ選手権出場のために、アル・イティハドにレンタル移籍していたが、レギュレーションの関係で試合には出場できなかった。

マルコン選手は2004年にAPRへ移籍。同年にはブラジル選手権で準優勝。また、2005年にはリベルタドーレス杯(南米クラブ選手権)での準優勝に貢献した。

2006年1月17日9:41

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契約報道が流れたということで、マルコン選手の獲得は非常に濃厚であると見て良さそうです。20日の新体制発表でリリースされることになるのではないでしょうか。

これで左サイドの補強に目処が付けば、まずは一安心といったところです。
マルコン選手移籍に関する続報
一時はボルドー入りが確定的と報じられたマルコン選手ですが、1月15日付けのFuracao.comによりますと、川崎フロンターレへのレンタル移籍が決定的になったとのことです。以下に記事の要約を掲載します。

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マルコン選手が川崎フロンターレにレンタル移籍

アトレチコ・パラナエンセ(APR)の左SBマルコン選手が、川崎フロンターレにレンタル移籍することとなった。今回のレンタル移籍に関しては、15日(日曜日)に決定的なものとなり、このニュースは地元ラジオ局でも既に報じられている。

マルコン選手は川崎フロンターレの他、フルミネンセ、グレミオ、ボルドーからオファーを受けていたが、多数の交渉を重ねた結果、最終的には川崎フロンターレに1年間のレンタル移籍をすることが確定した。ただし、川崎フロンターレとの契約に正式にサインするに当たっては、APRとマルコン選手の間で、2007年末までの契約更新を行う必要がある。

2006年1月15日15:27

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なお、この記事ではフロンターレのチーム情報についても詳しく紹介されています。多くのブラジル選手の在籍や、フレッド、エジソン、マルセロといったブラジル出身コーチの存在に関しても触れられていますが、「アウグスト、フッキ、アラゴネイ、ジュニーニョ、マルクスの5選手とプレーすることになる」との記述もあり、やや情報は古いようです。

二転三転している今回の移籍情報。さまざまなニュースが錯綜していますので、正式に発表されるまでは、どうなるか分かりませんね。
マルコン選手はフロンターレに来ない...?
ブラジルのスポーツ系メディア、Furacao.comに、マルコン選手に関する続報が掲載されています。記事を要約しておきます。

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マルコン選手にフランス1部リーグのボルドーが公式オファー

アトレチコ・パラナエンセ(APR)の左SBマルコン選手に対してフランス1部リーグのボルドーが公式にオファーを出していることが明らかになった。

マルコン選手に対しては、既に川崎フロンターレの他にグレミオもオファーを出している。なお、フルミネンセは既に彼の獲得をあきらめ、元グレミオのRoger選手の獲得をアナウンスしており、今季はJean選手とポジションを競わせる予定のようだ。

グレミオと川崎はマルコン選手をレンタルで獲得する意向だが、この場合は今シーズン終わりまでの契約である。なお、APRとの契約は2007年まで残っているとされる。

ボルドーは、既にマルコン選手を最も信頼できる重要な選手として位置付けており、APRの経営陣が、契約締結に向けてフランスへ渡った模様。マルコン選手がボルドーに移籍した場合には、マルコン選手はAPRに今後6ヶ月以上留まり、2006/2007年シーズンのセカンドセメスターのみをボルドーでプレーすることになるだろう。

2006年1月13日20:45

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選手や経営陣のコメントが掲載されておらず、記事としての信憑性には疑問が残りますが、Parana-Online誌にも経営陣渡仏の記事が掲載されており、予断を許さない状況です(なお、Parana-Onlineは会員制サイトですので、見出しのみしか確認しておりません)。しかし、今の時期に2006/2007年シーズンの契約を締結するものなのでしょうか...

今後も、状況を見守りたいと思います。
左サイド、マルコン選手(APR)を補強か!?
Yahoo!Newsブラジル版によりますと、アトレチコ・パラナエンセ(以下、APR)の左SB、マルコン選手とのレンタル移籍交渉が進んでいるようです。ポルトガル語のままでは分からないので、英語翻訳した上で記事を要約してみました(誤訳等はご容赦下さい)。

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マルコン選手(APR)が日本へレンタル移籍の見込み

APRの左サイドバック(lateral-left)、マルコン選手が川崎フロンターレにレンタル移籍する見込みとなった。

彼はフルミネンセ(リオデジャネイロ州)からもオファーを受けているが、このオファーはAPRマネジメントからの要求を満たしていないもののようだ。なお、川崎フロンターレからのオファーは、フルミネンセからのオファーを大きく上回るものになっている模様。

彼自身は、日本へのレンタル移籍の意思を未だ固めていないが、交渉は早期に(おそらくは今週土曜日を目処に)決着するだろうとの見通しを明らかにした。

2006年1月9日13:09

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公式サイトによると、マルコン選手は1975年3月28日生まれ。185cm、85Kgの大型左SBのようです。

昨年夏のリベルタドーレス杯(南米クラブチャンピオン選手権)では、キャプテンとしてサンパウロFCと決勝を戦い、惜しくも敗れたようですが、期待は非常に大ですね。スポーツナビには、こんな写真も出ていました。

ちなみにAPRは、浦和に加入が決まっているワシントン選手がかつて所属していたチームでもあります。

まだ交渉中ですからどうなるかは分かりませんが、期待しながら見守りたいと思います。
[左サイド、マルコン選手(APR)を補強か!?]の続きを読む
スタートダッシュフェア 写真
あけしておめでとうございます。 今年も等々力時報をよろしくお願い致します。

さて、本日高津市民館で開催されたスタートダッシュフェアに行ってまいりました。
相澤選手の「来週結婚します」との爆弾発言や、谷口選手の実に微妙なトークなどで非常に盛り上がったフェアとなりました。

写真は、クリックしてご覧下さい。


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会場となったノクティ2には、特設のグッズ売り場が設置。本日は特別にふろんた君が販売担当。「僕がサインを書いてあげるから色紙を買って」と、積極的なセールスも。

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ミスター・フロンターレ、中西哲生氏の司会で、相澤・谷口選手を迎えてのトークショー。「800名様限定」とのことでしたが、会場の後ろの方には若干の空席も見られたので、700名程度のサポーターが集まったのではないでしょうか。

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中西氏の「年末年始は新潟に帰らなかったの? 結婚準備で忙しかったんだ。」とのコメントに、「ええ、まあ・・・」と照れ笑いを浮かべ、会場を大いに沸かせた相澤選手。今週中には入籍の予定とか。お相手は、ビジネスマナーの講習会等で講師の仕事をされている、31歳の姉さん女房。お料理の腕前は「まあまあ」だそうです。おめでとうございます!

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絶妙の間合いで展開されるトークが、サポーターにウケまくった谷口選手。当人には不本意らしい笑いが会場を包むたび、すがるような視線を相澤選手に向けていたのが印象的でした。お正月は熱海の温泉に行ったそうです。1泊のつもりが、雪で2泊になったとか。

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そして、誰も聞いていないうちから「俺の昔の彼女が結婚するとかでさぁ~」と積極的に自爆発言を繰り返した中西氏。「友達から“おまえ結婚するの?”ってメールが届いたんだよね」「スポーツ新聞の“辺見えみり結婚!”っていうのに、スポーツキャスター中西哲夫云々なんて名前が載っちゃって・・・」等々。まだ20歳の谷口選手に「俺より先に結婚しないでよね。」とお願いも。

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普段はめったに目にする機会のない選手の私服姿。相澤選手はさすがの長身で、格好良くジーンズを履きこなしていました。

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谷口選手もハタチらしい爽やかな装い。

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トークショーの後は、お楽しみのプレゼント抽選会。まずは開幕戦チケットなどを、整理券番号で抽選。

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その後、各選手の試合着用ユニフォームプレゼント。こちらは会場の希望者を選手が選ぶシステム。一斉に「はいっ!はいっ!」と手を挙げるサポーター達の迫力に、両選手とも少々押され気味。

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「さっきから気になってたカブの子」と子供を指名した相澤選手。優しい笑顔でプレゼントを渡していました。実はパパになる日も近かったり・・・しないでしょうかね。

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谷口選手も子供を指名。このシステムだと、なかなか大人は当選しませんが・・・まあ、これも悪くないものです。

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抽選会の後は、今シーズンの抱負を表明。相澤選手は「今シーズンこそ、優勝を目指して頑張りますので応援よろしくお願いします!」との力強い言葉を贈ってくれました。

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この後、会場にいた全員との握手会で閉幕となったスタートダッシュフェア。あっという間の時間でした。
次のイベントは、20日の新体制発表会見。「現在発表されている以外にも、新加入選手の紹介があるかもしれません。」との情報も最後にありましたので、こちらも見逃せない1日となりそうです。

両選手とも、今シーズンに向けての気合いは充分の様子。ますますの活躍に期待です!


それにしても、谷口選手面白すぎ。 壊れたマイクは振っても音はでませんって。

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